本ページ 合気道とは 指導者 稽古案内 リンク お問い合わせ

道・岩間流合道とは

合気道とは武道であり、植芝盛平(1883年~1969年)翁先生が創 造されました。大正末期から40年以上もの間、最初の形から「合 気武術」と「合気武道」の段階を経て、合気道は徐々に展開をし 「武産合気」の精神に到達するまでに完成されて行きます。この 形の特徴は、護身術であるということです。

開祖 植芝盛平

1883年(明治16年)12月14日、和歌山県西牟婁郡西ノ谷村(現在の和歌山県田辺 市)に生まれる。青年期から起倒流柔術・神陰流剣術・柳生心眼流柔 術などを学ぶ。

1912年、北海道に移住。開祖31歳、大東流合気柔術の武田惣角に出会い、指導を 受ける。1919年、帰郷。

“真の武道とは、宇宙そのものと一つになることなのです”

  植芝盛平

岩間流合

1942年開祖59歳、東京から茨城県岩間町に移住。残りの人生を 合気道に捧げる合気神社と岩間道場を設立。

1946年、18歳の斉藤守弘先生が入門。以来23年間、忠実な弟 子として仕えます。

開祖から武器技の稽古を受けることのできた数少ない弟子の一人であり、 また剣・杖の教授を許された唯一の師範でもありました。

1969年、道場長として岩間道場を受け継がられ、生涯、合気神社を守り続 けます。他の弟子とは異なり、開祖の教えを忠実に正確に維持し、自身の 弟子に教え伝えて行きました。

この選択は技術的、道徳的、歴史的、普遍的に岩間流合気道として知られています。岩間流の主な特徴は、開祖が実践された 基本の正確な実践と、合気剣術・合気杖術・体術の理合いの一致です。剣・杖・体術のどこか一つで生まれた疑問は、他の二 つを稽古することにより解決されます。

つまり岩間流合気道の剣・杖・体術は同じ理合いの下に根底で結びつき、互いに相乗し合って存在しています。

斉藤先生は、元の合気道を維持するために人生を捧げて来られましたが、今日、 岩間流合気道に従うということは、包括的かつ正確に訓練することではあります が、合気道の創立者の道徳的、歴史的保存の値を意識することでもあります。

教派神道系宗教団体大本の霊能者である出口王仁三郎に出会う。

1920年開祖37歳、大本に入信、精神的な指導を受ける。この時点より精神 的な側面が合気道に統合され始めます。

同年、王仁三郎の勧めで道場「植芝塾」を開設。この頃から自らの武術を 「合気武術」と称する。1927年、東京へ移住。1931年、道場「皇武館」を 設立。この頃から「合気武道」が誕生します。